10月11日、山形県米沢市の北山原で、福者ルイス甘糟右衛門と52名殉教者の記念ミサが行われました。素晴らしい晴天の下、米沢教会だけでなく、山形地区のすべての教会、そして新潟県からも参加者があり、合計100名ほどが北山原殉教地に集い、ミサを捧げました。
ミサに先立ち、大変お忙しい中、米沢市長、近藤洋介様が挨拶に来てくださり、厳しい世界情勢の中、米沢の地で平和のために祈ることの大切さについてお言葉をくださいました。ありがたいことです。
このミサをより一層素晴らしいときにしてくださったのは、去る9月22日に司祭に叙階された、イエズス・マリアの聖心会のヒマワン・スラクソノ神父様です。新司祭とともに殉教祭のミサを捧げることができたのは大きなお恵みでした。ヒマワン神父様、ありがとうございました。
福者ペトロ岐部と187殉教者のうちの53名である福者ルイス甘糟右衛門と52名は、1629年1月12日に殉教されました。2029年年1月12日で殉教400周年を迎えます。山形地区と新潟教区が共催で記念行事の準備を進めており、テーマやロゴ、企画なども準備委員会の方から発表されますので、ともに準備を進めて参りましょう。
以下、説教の要約です。
今日の福音で、イエスは婚宴の席に人々を招くたとえを話されました。王が王子のために婚宴を開き、人々を招きます。この王が神であり、婚宴が神の救いの交わりにたとえられています。
このたとえの中で、王は、はじめに招いた人々が来なかったので、僕たちを町の大通りに送り、「見かけた人は善人も悪人も皆集めて」連れて来させます。神は、善人も、悪人も、すべての人を救いに、ご自分の元に招いておられるのです。
イエスはどのように人々を救いに招かれたのでしょうか。看板を立てて宣伝をするとか、口コミで宣伝するのではなく、イエスは、自ら出向いて行かれます。今日の福音のたとえ話では、僕たちを町に派遣して人々を招きましたが、実際にイエスが行われたことは、旅をして回るということでした。さまざまな町や村を訪ね歩き、神がどれほどすべての人を愛しておられるか、どれほど救いへと招いておられるかを語り、証して回られたのです。
その旅の途中で、イエスは、特に困難の中にある人々に出会われました。病気の人、徴税人、娼婦、悪霊に取りつかれた人、罪人、異邦人。当時の社会で、神の救いから遠いと見なされ、顔をそむけられていた人々です。イエスは、旅の途中で特にこうした人々を受け入れ、大切に接せられました。
皆さん、イエスが人を招くにあたっての三つの姿勢があります。「例外なくすべての人を救いに招くこと」「自ら出向いて人々に出会うこと」「そして、とりわけ困難にある人を招くこと」 この三つです。そして、この米沢の地で殉教した人々は、イエスにならって、この三つのことを生きたのです。
福者ルイス甘糟右衛門と52名の仲間たちは、自分たちだけが救われればよいとは考えませんでした。神の愛がすべての人に向けられていることを信じ、その愛を、身分や立場の違いを越えて分かち合おうとしました。また、内に閉じこもって自分たちだけで集い、信仰を守るだけでなく、人々のもとへ出向き、とりわけ貧しい人、病む人、苦しんでいる人に寄り添いました。その、神に対する愛と、人々に対するいつくしみの生き方は、地域の人々から尊敬を持って受け止められ、多くの人が洗礼を受けました。その生き方の、最終的な証が、殉教、命をかけて信仰を守り抜く姿となって現れたのです。
今日、私たちもまた、神から婚宴に招かれています。この、殉教者を記念するミサは、まさにその食卓です。私たちは、招かれた者として、今度は招く者になるよう呼ばれています。例えば、再来年の400周年の年には、記念ミサを始め様々な企画が行われるでしょう。そのために、チラシを配ったり、ポスターを貼ったり、ネットで宣伝して人々を招くでしょう。でも、一番大切な招きは、身近な一人に、自分から歩み寄ることです。違う背景を持つ壁の向こうにいる人に、先に声をかけることです。困っている人のそばに、静かに寄り添うことです。そのような小さな一歩が、イエスの招きを今の時代に響かせるのです。それこそが、殉教者たちからわたしたちが受け継いだ生き方です。それこそが、イエスが私たちに望んでおられることです。
福者ルイス甘糟右衛門と52人の殉教者の取り次ぎを願いましょう。愛といつくしみに生きた彼らの信仰が私たち一人ひとりの中に受け継がれ、この米沢の地から、すべての人を招く神の愛が、いっそう豊かに広がっていきますように。











