改めまして、主のご復活おめでとうございます。新潟教会では、心配された雨も上がり、ルルド前の桜も咲き始める中の復活の主日となりました。日中のミサということで、夜の運転が心配な方も大勢参加され、聖堂はいっぱい。ミサの後はカトリックセンターの2回と1回を使って祝賀会が行われ、おいしいカレーをいただきながら、歌を歌ったり楽しい時を過ごしました。準備してくださった皆様、ありがとうございました。以下、説教です。









皆さん、復活は、現実の社会のただなかに起こった出来事です。イエスを十字架につけて喜んでいる祭司やファリサイ派の人々。見捨ててしまって自分を責め、これからどうしたらいいのかわからない弟子たち。どうしようもない現実の中で、起こった出来事です。今日の福音では、マグダラのマリアが墓に行きます。当時の習慣で、遺体に香油を塗るためです。
皆さん、マグダラのマリアは、イエスの十字架のもとに、聖母マリアとともに立っていました。イエスが十字架につけられ、ののしられ、侮辱され、辱められながらだんだん弱っていき、目の前で亡くなるのを、その目で見ていたのです。逃げてしまったペトロたちに比べて、どれほど辛く、心の張り裂ける思いをしたでしょう。そんな中、マグダラのマリアは気丈にもイエスの遺体を大切にするために、墓へ向かったのです。
しかし、墓は空になっていました。主の遺体が誰かに取り去られてしまった。マグダラのマリアはそのことをペトロとヨハネに告げ、二人は墓まで来てからになっているのを確認しました。今日の福音はそこで終わっていますが、そのすぐあと、マグダラのマリアは墓の外に立って泣いているんですね。するとそこにイエスが現れるんです。最初、マグダラのマリアはそれがイエスだとは気づきません。それで、「あなたがイエスの遺体を運び去ったのならどこに置いたか教えてください。私が、あの方を引き取ります」と詰め寄ります。それに対し、イエスは「マリア」と名前を呼ぶんですね。そこでマリアは、目の前にいるのがイエスであることに気付くのです。
この、マグダラのマリアの復活体験は、大切なことを私たちに教えてくれます。それは、厳しく、受け入れがたい現実の生活の中で、たとえ私たちが気づかなくとも、神がともにいて、心にかけてくださっているということです。そして、たとえ目に見えなくても、神を現実の生活の中で中心において生きるということです。
皆さん、去年のご復活のことを覚えていますか。私はご復活の主日のことはあまり覚えていませんが、その翌日のことはとてもよく覚えています。
昨年の復活の月曜日、2025年4月21日、教皇フランシスコは88歳で神様のもとへと旅立ちました。ご復活を祝い、喜びを分かち合ったすぐ翌日の知らせに、全世界は驚きと悲しみに包まれました。私は、新潟司教としての任命を教皇フランシスコからいただきました。また、教皇の生き方や方向性といったものが、社会で疎外される人々との活動を担当していた私に大きな影響を与えてくださったため、とても親近感を持って尊敬していた教皇でした。
あれから一年後のご復活を迎えるにあたり、少し教皇フランシスコのことを振り返りながら、現実の生活の中で神を中心にして生きることについて考えてみたいと思います。
帰天されるわずか数日前の聖木曜日、教皇フランシスコは、聖木曜日に度々訪れたローマの刑務所を訪問されました。教皇フランシスコは、聖木曜日に刑務所や難民のもとを訪れ、受刑者や難民の足を洗い、キスしていたのです。この日、体は思うように動かず、これまでのように、ひざまずいて足を洗うことができませんでした。バチカンニュースには次のように紹介されています。
教皇は、イエスが最後の晩さんで弟子たちの足を自ら洗われたことにちなむ洗足式を、毎年聖木曜日に刑務所で行うことを好んできた、と話し、「今年はそれができないが、皆さんのそばにいたいと思いました。皆さんとご家族のために祈ります」と述べられた。最後に、教皇は円形ホールの一人ひとりの受刑者に挨拶され、「主の祈り」を皆と共に唱え、およそ30分間の訪問を終えられた。
実に教皇フランシスコらしいエピソードです。受刑者たちが教皇に、「私のために祈ってください」と口々にお願いした時、教皇は「私のためにも祈ってください」と応えたそうです。
亡くなる前日、ウルビ・エト・オルビという、ローマと全世界に向けたご復活メッセージを、教皇は読まず、別の方が代読しました。教皇はメッセージを通して、復活の主が私たちの希望であること。復活の主とともに、希望の巡礼者として歩むこと。そして、平和の実現のために呼び掛けられました。教皇は最後に、自分の言葉で、自分の手で、人々を祝福しました。息も絶え絶えに、声を振り絞って、祝福されました。
私は、教皇フランシスコの晩年、ミサや謁見でお目にかかったことがあります。ご存じの通り、いつも車いすに乗っておられました。バチカンの聖ペトロ大聖堂の祭壇は、いくつかの段を上った上にあるため、祭壇に行くことができず、感謝の祭儀は他の司教がささげていました。祈りの言葉も、ミサの終わりのころには、マイクを通してゼイゼイと、呼吸が苦しそうな様子が伝わってきました。わたしはミサを共同司式しながら、「どうかもう休んでほしい!」と心の中で思っていました。おそらく、教皇にあったほとんどの人がそのように思っていたと思います。それでも教皇は、人に車いすを押してもらい、ミサを捧げ、人々の前に表れ、祝福するのです。そして、聖木曜日に刑務所を訪れたように、最後まで困難のただなかにある人を大切にし、ともにいました。
私は、車いすに座る教皇を見て、度々、「十字架を背負って、福音を生きるとは、こういうことだ」と感じていました。自分で歩くこともままならないほど弱い。声を発することも、手を挙げて十字を切って人を祝福することも、ゆっくりと、かすれるような声でしかできない。しかし、その姿からは、全身全霊で神を中心にし、神が特別に愛された、困難の中に置かれている人々を大切にするという、ゆるぎない力強さがあふれていました。
人は、皆、自分の十字架を背負っています。病気であったり、高齢であったり、故郷を離れることであったり、様々な悩み、不安を抱えています。そして、誰もが死にます。しかし、復活のいのちに希望をもって生きる人は、自らの弱さを通して、神が確かに働いてくださっていることを知っています。体が動かないつらさの現実に、言葉がうまく通じないもどかしさの現実に、戦争や分断のニュースばかり流れてくる生きづらい現実に、目に見えなくても、確かに神が働いてくださると知っています。
最後に、教皇フランシスコが亡くなる前日、バチカンでの復活の日曜日のミサの説教を紹介します。この教皇フランシスコの説教は、一人の枢機卿によって代読されました。
イエスは死者の中から復活し、そのために、墓の中にはもはやおられません。わたしたちはほかのところにイエスを探さなければなりません。
わたしたちはほかのところにイエスを探さなければならない。これが復活祭のメッセージです。キリストは復活して、生きておられます。キリストは、死のとりこにとどまり続けることも、もはや亜麻布に包まれることもありません。それゆえ、わたしたちはキリストを、感動的な物語の中に閉じ込めておくことはできません。キリストを、古代の英雄にすることはできません。あるいは、キリストを、美術館の一室に置かれた彫像のようなものと考えることはできません。その反対に、わたしたちはキリストを探さなければなりません。だからわたしたちはじっとしていることができないのです。わたしたちは動き出さなければなりません。外に出て、キリストを探さなければなりません。人生の中に、兄弟の顔の中に、日常生活の中に、墓以外のあらゆるところに、キリストを探さなければなりません。
こう言って、教皇フランシスコは、マグダラのマリアのように、墓の外にイエスを探すよう招かれました。
皆さん、毎日の生活の中で、復活したイエスと出会っていきましょう。「平和があるように」とあいさつして弟子たちの前に表れたキリストに出会っていきましょう。そして、毎日の生活の中で、キリストの平和を人々と共に生きていきましょう。